code-name-sf’s diary

ASKAの20数年来のファンです。

ASKAのBlack&White(ジャケット)を、私が作ってみた

とりあえず、作ってみたかったので(笑)


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東日本大震災から6年

東日本大震災から6年がたった。

さまざまな思いが去来する。

あの時、現実のものとは思えない光景が広がっていた。

 

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火災によって焼けた漁船が海に浮かぶ

 

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津波によって川に引きずり込まれた家屋

 

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押し流されてきたがれきや大型車

 

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冠水した道の両脇に壁のように積み上げられたがれき

 

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津波によって路上に乗り上げた大型漁船

 

撮影は全て2011年3月27日、気仙沼市にて

 

「Too many people」を聞いて

 ASKAは、あれからどのくらいの時間を、自分自身と向き合うことに費やしてきたのか。

 

 新アルバム「Too many people」を聞いた。

 これまでがよみがえる。覚醒剤の疑惑報道から始まった。苦悶の日々。2度の逮捕もあった。どれほどの屈辱と絶望を味わったか。

 本作はそれをきれいに雪(そそ)いでくれるような傑作だ。50曲から選りすぐったという13曲が、意味を持って並ぶ。バラエティに富みながら、一曲一曲に強い思いが込められている。歌い上げている。これこそが「ASKAの証明」だと世間に投げかけたくなる。

 一方、ASKAが孤独と闘い、苦しみを耐えてきたことも、うかがえる。本人が1番、辛く苦しんだと改めて思った。ファンとして苦しい思いをしたが、私が世間から直接、罵声を浴びせられたわけではない。どれほどの苦しみ受けたのか。

 

 それなのに、どの曲からも絶望を感じない。どのくらいの時間をかけてその境地にたどり着いたのか。決して才能だけの作品ではない。罪を犯し、中傷され、多くの傷を負った。そこから魂を奮わせ、気力を振り絞って作られたものだ。だから響く。

 

 ファンとして辛い時期もあったが、本作に救われた。時間があれば聞いている。日々が音楽によって彩られていく。

 私は、あの事件以降、ASKAから離れていったかつてのファンにぜひ聞いてもらいたいと思う。ASKAは嘘をつき、罪を犯した。でも、その後悔も苦悩も本作に詰まっている。これを聞けば許せるのではないだろうかと思っている。

 

 「初めて聴くのに懐かしい歌」がたくさん詰まっているから。

新アルバム「Too many people」を手にして

 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」で、主人公は天から垂れる頼りない蜘蛛の糸を上り地獄から抜け出そうとするが、続いて上ってくる者たちに「下りろ」と言った瞬間、糸が切れ、再び地獄に落ちてしまう。

 

 ASKAの新アルバム「Too many people」を手にした。これまでの思いが、溢れかえってくる。

 

 2014年にASKAが逮捕されてから、私たちファンは地獄とまではいわないが、漆黒の闇を彷徨っているようだった。光のない中で聞こえてくるのは、耳を疑うような不快なものばかり。ASKAは一体どれほど、痛めつけられるのだろうか。ファンとして心の痛む日々だった。覚醒剤の使用は許されないが、犯した罪と与えられた罰が均衡を失っていた。

 16年7月、一筋の光が差す。ASKAがブログを始めた。ブログではあるが表舞台に戻ってきたのだ。年内にアルバムを発売したいという。嬉しい反面、本当にできるのか半信半疑だった。

 暗闇に差した一筋の光はやがて輝きを増していく。日々、ブログを更新するASKAに、これまでにない親近感を覚え、本来の人柄を思い出す。ライヴでのASKAのMCは面白い。よくしゃべる。遠くにあった記憶がよみがえる。すべてはファンのためにという思いが強く伝わってくる。

 ブログのコメント欄が解放されていたので、ファンの意見も活発に交わされた。様々なASKAへの熱い思いが語られ、時に荒れることもあった。それでも、同じ痛みを分け合った同志のように感じられた。

 ASKAから「再犯のないグループの先頭に立ち、音楽をとおして社会に貢献しなければならない」と力強い宣言を聞き、あとはアルバムの発売を待つばかり、のはずだった。

 

 16年11月28日。ASKA、再び逮捕。

 蜘蛛の糸が切れた瞬間だった。

 「また、あれが始まるのだろうか」。溢れかえる悪意の報道の数々。心を痛める日々。ASKAのブログは荒れ果てた。ブログに書き込まれるのは、正義の仮面を被った悪意の塊。どこからやってきたのか、不思議で仕方ない。アルバム発売を目前にしての逮捕は、1度目よりショックが大きかった。揺らぐ感情をどう整理すればいいかわからない。むなしさだけが残った。それでも、諦めきれなかった。

 諦めきれない、ASKAを信じるファンが多くいたことが救いだった。蜘蛛の糸が切れても、ファンとファンとが手をつなぎあい、抜け出すための糸をみんなで必死に掴んでいたように思える。再び闇に閉ざされたが、まわりには同じようなファンがいて、支えられた。ASKAが勾留中、ファンにはファンの闘いがあった。

 

 ASKAは不起訴。

 それはファンにとって奇跡としかいいようがない。辺りを覆っていた闇は消え、つなぎとめていた蜘蛛の糸を掴む必要もなくなった瞬間だった。

 

 アルバムを手にして、いまはファンとともにこのアルバムが世に出されたことを大いに喜びあいたい。

「700番 第二巻/第三巻」を読んで

 ASKA「700番 第二巻/第三巻」(扶桑社)を読んだ。私は一度読んだ本をあまり読み返さない性分だが、この本は違った。ASKAの20数年来のファンである。2014年にASKAが逮捕されてから、空白になっていたなにかを埋めるように、何度も読み返した。

 

 「なぜお茶から覚醒剤成分が検出されたのか」

 

 世間の耳目はこの点に集まった。

 

 だが、ファンである私にとって、気になる点はそれだけでない。表舞台から消えたASKAが、どのよう過ごしていたか、 気になる点は多々あった。

 

 ASKAは14年5月に覚せい剤取締法違反で逮捕され 、懲役3年、執行猶予4年の判決を受けた。16年1月、 約9万字の長文ブログを突然アップ。その内容は主に盗聴、盗撮被害を訴えたものだった。しかしASKAの周囲はこれを覚醒剤の後遺症と疑い、ASKAを強制入院させる。その後、退院していたASKAは7月、再びブログを掲載する。それからは精力的に近況を報告。アルバムを発売すると発表した矢先の11月下旬、 尿検査で覚醒剤の陽性反応が出たとして、覚せい剤取締法違反の容疑で再び逮捕される。しかし、検察は尿がASKA本人のものと断定できないとし不起訴にした。ASKAが尿の替わりに茶を入れたということから、不起訴でも世間は疑惑の目を向けつづけた。

 

 本書はタイトルの第二巻、 三巻という通り、2編からなる。 二巻は16年1月の強制入院から退院するまでの期間、自身の思いやエピソード、様々な出会いを、散文詩を交えながら記している。 第三巻は、警視庁の逮捕リークにより前代未聞の逮捕劇となった2度目の逮捕から不起訴に至るまでの詳細を明かしている。自宅での尿検査や逮捕直前の様子から刑事や検事との取り調べなど、圧倒的な臨場感で描かれている。 


  最大の謎であったお茶から覚醒剤反応が出た理由については、自身の見解を述べつつも、謎の部分もあるとし、全てを解き明かしていない。

 私もこの点を謎に思う。いくつかの推測は立てられるが、市井の人にとってそれを証明することなど不可能だろう。ただ、この件は検察が公判を維持できないと判断し不起訴にしたものだ。それが事実であり、その事実だけで十分である。

 

 本書には、盗聴、盗撮や精神病棟の現状、覚醒剤の影響、マスコミ報道や警察の情報操作など、現代社会の抱える闇がいくつも出てくる。罪を犯したことにより、体験したこと、感じたことなどを独自の視点で描いているが、様々な視点をめぐらせ深く掘り下げれば、これはかなりの衝撃作といえる。